大阪大学 大学院理学研究科 
宇宙地球科学専攻 理論物質学グループ

波多野研究室

 


 研究内容



 地震と摩擦:スケールをまたいで非平衡現象を考える

摩擦は日常生活でも常に経験しているなじみの深い現象です。でも、「摩擦力とは何か?」と改めて問われると実はよく分からないことに気づきます。原子・分子の間に働くミクロな力と何が違うのでしょうか?ミクロな力はポテンシャル関数を定義できる「保存力」ですが、摩擦力はポテンシャル関数を定義できない「非保存力」です。では保存力から非保存力がいかにして生まれるのでしょうか?例えば液体の粘性力もそのような非保存力の一種ですが、これは非平衡統計力学(線形応答理論)で導出されます。では、固体表面に働く摩擦力も線形応答理論で記述されうるのでしょうか?
 さらに空間スケールを大きくしていきますと、例えば地球科学規模(数十〜数百km)の摩擦現象も考えることができます。これは地震です。地震は地球科学分野で盛んに研究されていますが、断層に働く摩擦力が分からないのでなかなか理解が進みません。実験室で計測する摩擦力の性質から地震を理解することができるでしょうか?摩擦力の理解を通じて地震を予知することができるでしょうか?

断層の実際(左)と模式図(右)



 粉体の物理:非平衡系のダイナミクスを捉える

砂や砂糖やお米など、多数の粒からなる物質を考えてみましょう。このような巨視的な粒子の多体系を「粉体」と総称します。その運動は極めて多彩で、不意に流れたり固まったり、しばしば予測不能で制御が困難です。これは地滑りや雪崩の予測が難しいこととも関係します。このような粉体の運動を力学に基づいて予測することはできるのでしょうか?そのためには、粉体の内部にどのような力が働いて粒子はどのように運動するのか、その統計的性質を理解しなくてはなりません。粉体粒子のダイナミクスにはしばしば非自明な協同現象が自発的に発現し(図)、その協同現象が応力の大きな揺らぎやレオロジーと関係していることが分かっています。同様の動的な協同現象は粉体だけでなく分子ガラス・過冷却液体などでも知られており、遅い構造緩和を決めていることが知られています。その意味で、粒子系に普遍的な挙動を解明することができるかもしれません。さらに、摩擦現象において発生する磨耗粉は一種の粉体であるため、粉体の研究と摩擦の研究はお互いに深く関連します。

粉体内部に見られる協同現象の可視化(色は粒子の運動の速さを表す)



 パターン形成

日常目にするマクロな現象の多くは多数の要素からなる集団が示す現象であり、学部で学んだような統計力学が直接適用できる平衡状態ではなく非平衡状態となっていることがほとんどです。 そのような現象のなかでも、巨視的なパターンやダイナミクスは非常に多彩で興味深い対象と言えるでしょう。 このような現象を計算機上に再現したりデータ解析を行うことで、その統計物理学的性質やパターン創発の原理などを研究しています。河川の分岐パターンや地表のひび割れパターンをはじめ、群や交通流など従来の物理系に限定されない系についても幅広く研究を行っています。

(左) 破壊シミュレーションによるパターン形成 (中) 河川モデルによるネットワーク生成 (右2つ) 自動車をつかった渋滞実験の軌跡(渋滞相と臨界密度)


 流体の物理

熱力学第二法則はマクロ系に対して我々がなしうる操作の普遍的限界を与えています。 それでは地球システムや生体システム等が示す複雑な非平衡流体現象の予測や制御にはどのような普遍的限界があるのでしょうか? 熱ゆらぎが支配的となる微小系については、ゆらぐ系の熱力学や情報熱力学の進展に伴って様々な操作限界が明らかにされつつあります。 現在、この最新の非平衡統計力学の考え方を流体力学に取り入れることで、上記の問いに答えうる新しい理論的枠組みの構築を試みています。 この「情報流体力学」とでもいうべきアプローチの具体例として、情報の流れに着目した乱流の理論的解析を行っています。 乱流は星・惑星形成から生体内に至るまで遍在的にみられる現象でありながら、「理論の墓場」と称されるほどの物理学上の未解決問題 です。 我々は乱流中の情報の流れに着目することで、一見混沌とした乱流現象の背後に宿る普遍的統計則について研究しています。

レオナルド・ダ・ヴィンチによる乱流のスケッチ(左)と乱流中の情報の流れの概略(右)


 フラストレート磁性

身近なモノの性質に目を向けると、その多様性の起源はどこにあるのでしょうか?原子、分子といったミクロな構成要素はもちろんのこと、それらがマクロな数だけ集合し相互作用を及ぼし合うことにより、個々の要素とは著しく異なった性質を示すことがあります。特に、相互作用に競合(フラストレーション)がある場合には、系の秩序化や相転移現象に多くの変わった性質が現れます。その典型的な舞台として磁性体(磁石)が挙げられます。
 電荷に素電荷と呼ばれる最小単位がある様に、磁石にもスピンと呼ばれる最小単位が存在します。磁石は、ミクロには多数のスピンが同じ方向に揃った状態です。一方、世の中にはスピンを反平行に揃えようとする相互作用も存在しますが、このときスピンを正三角形の頂点の配置するとどうなるでしょう?下図中央の様に1組のスピンを反平行に揃えると、残りのスピンの向きが決まらないことが分かります。あたかも人間世界の三角関係のように、あちらを立てればこちらが立たずといった不安定な状況に陥いるわけです。このような磁石の世界の三角関係(フラストレーション)がもたらす新しい秩序状態やそこで現れる新奇な伝導現象について研究を行っています。

磁石のミクロな状態[左]。磁石の世界の三角関係(フラストレーション)[中央] と 人間世界の三角関係[右]。